Appleの次世代車載インフォテインメントシステム「CarPlay Ultra」が、アストンマーティンを皮切りに一部の車種で展開を始めました。
スマートフォンとの深い連携と革新的なユーザー体験が注目されている一方で、日本を含む多くの主要メーカーが導入を見送っています。
本記事では、その理由を技術・戦略・ブランド視点から丁寧に解説していきます。
CarPlay Ultraとは?基本概要と従来型との違い

CarPlay Ultraは単なるミラーリングではない
Apple CarPlay Ultraは、従来のCarPlayを大きく進化させた車載インターフェースです。
これまでのCarPlayは、iPhoneの一部機能を車両ディスプレイにミラーリング表示する形でしたが、Ultraは車そのもののシステムに深く統合されています。
計器類・空調・走行設定まで制御可能に
従来のCarPlayが対応していたのは音楽再生、地図、メッセージなどiOSアプリの一部機能でした。
しかしCarPlay Ultraでは、計器クラスタ(スピードメーターやタコメーター)への表示、エアコンの温度調整、車両設定の変更など、車そのものの機能制御が可能になりました。
たとえば「足元を温めて」とSiriに話しかけると、エアコンの吹き出し設定が自動で切り替わります。
アストンマーティンDBX 707での先行導入
2025年、アストンマーティンのSUV「DBX 707」にCarPlay Ultraが初搭載され、北米での展開が始まりました。
10.2インチのセンターディスプレイとデジタルメーターがApple UIで統一され、Astonのドライビング体験とAppleのUXが融合しています。
特に「Hand built in Great Britain」と刻まれたAston独自のデザインテンプレートは、CarPlay Ultraの柔軟性を示す好例です。
当初発表された対応予定ブランドと現状の乖離
WWDC 2022で華々しく発表された14ブランド
Appleは2022年のWWDCにて、CarPlay Ultraの導入を予定していた14の自動車ブランドを公表しました。
その中には、トヨタ、ホンダ、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ、日産、現代自動車、キア、ボルボ、ジャガー・ランドローバー、ルノー、フォード、ポールスターといった名だたるグローバルメーカーが名を連ねていました。
2025年現在、約7割のメーカーが撤退・保留
ところが2025年6月時点では、これらのうち10ブランドがCarPlay Ultraの導入を中止または未定としています。
特にアウディ、メルセデス・ベンツ、ルノー、ポルシェ、ボルボ、ポールスターなどは明確に「採用見送り」や「再検討中」の姿勢を取っています。
日本勢であるトヨタ、ホンダ、日産も沈黙を保っており、Apple側との協議が進展していないと見られます。
今も検討中のブランドと導入を進めるメーカー
一方で、ジャガー・ランドローバーは現在も「評価中」の段階にあり、完全撤退とは言えません。
また、韓国の現代(ヒョンデ)、キア、ジェネシスといったグループは引き続きAppleとの連携に前向きな姿勢を見せています。
ポルシェに関しても、CarPlay Ultra対応インテリアの開発を継続中と報じられています。
なぜ主要ブランドが採用を見送るのか?メーカー側の主張と懸念
「iPhone化するクルマ」への警戒感
CarPlay Ultraの導入を見送る最大の理由は、多くの自動車メーカーが自社のブランド体験や操作性をAppleに委ねることへの抵抗感を持っているためです。
CarPlay Ultraは車内ディスプレイ全体にAppleのUIを展開し、操作体系もiOSベースになります。
これにより、どの車に乗っても似たような操作性になってしまうことを、メーカーは懸念しています。
ソフトウェア収益モデルの衝突
近年の自動車業界では、コネクテッドサービスによる収益が注目されています。
たとえば、リモートエンジンスタートやナビゲーション、車両診断などの機能を月額課金で提供するビジネスモデルが広がりつつあります。
ところがCarPlay Ultraは、Appleがこれらの機能のUIと体験の入り口を掌握することで、メーカー独自の課金導線を阻害しかねません。
ルノーの幹部は、Appleに対し
「自社システムに侵入しようとしないでくれ」
と伝えたと報道されています。
ラグジュアリーブランドが重視する「内装デザイン」
特にメルセデス・ベンツやアウディなどのプレミアムブランドは、UIやディスプレイのデザインを車のインテリア全体の一部として設計しています。
Appleの一律的なデザインでは、高級車に求められるラグジュアリー感やブランド性を損なう可能性があると指摘されています。
Aston Martinでは自社向けの専用テンプレートを用意したことで違和感を回避しましたが、全メーカーが同様の対応をするのは現実的ではありません。
データの主導権とプライバシーへの不安
もう一つの大きな理由は、ユーザーデータの取り扱いです。
CarPlay Ultraではナビ履歴、走行データ、設定情報などがAppleのシステムと密接に連携します。
このため、車両から得られるビッグデータをメーカーが完全にコントロールできなくなる恐れがあります。
個人情報や運転傾向の分析は将来的な収益源とされており、外部企業に握られるのは避けたいと考える企業は少なくありません。
Apple CarPlay Ultraの技術的な課題
iPhone本体への負荷と発熱問題
CarPlay Ultraは従来型と異なり、複数画面への出力や車両制御まで行うため、iPhone側の処理負荷が非常に高くなっています。
実際、Aston Martin DBX 707においてテストしたところ、接続から20分ほどでiPhoneが熱を帯び、ワイヤレス充電パッド上でもバッテリー残量が減少するという現象が確認されました。
発熱はバッテリー寿命や端末の安全性に悪影響を与える可能性があり、実用性の面で課題といえます。
スピードメーター・タコメーター表示の遅延
もうひとつの技術的問題として、計器類の表示遅延が挙げられます。
CarPlay Ultraがメータークラスター全体を制御する機能は魅力的ですが、エンジンの回転数や速度表示がわずかに遅れて表示される場面が報告されています。
ドライビング中の情報反映にわずかでもタイムラグがあると、安全性に関わる懸念も生じます。
UIデザインとフォントの統一性に欠ける
Aston Martinでの実装例では、Apple UIと車両側UIの混在が一部発生しています。
たとえば、内装照明の色調整を行おうとすると、AppleではなくAstonの独自UIが「画面を突き破って」表示される場面があります。
また、警告灯や故障表示のフォントがApple標準の「San Francisco」ではなく、車両メーカー固有のフォントで表示されるため、デザインとしての一貫性に欠ける印象を受けます。
それでも導入を進めるメーカーの意図
アストンマーティンが先行導入を選んだ理由
アストンマーティンは2025年、ラグジュアリーSUV「DBX 707」へのCarPlay Ultra搭載をいち早く決定しました。
その背景には、Appleとの連携を通じて他ブランドとの差別化を図る意図がありました。
特に元フェラーリの技術責任者であるロベルト・フェデリ氏がアストンに移籍しており、Appleとの技術連携に積極的だった点も注目されます。
車両価格帯が2,000万円を超えるクラスでは、最新技術が“付加価値”となるのです。
韓国メーカーの戦略的な前向き姿勢
Hyundai(現代自動車)グループは、キアやジェネシスを含めてApple CarPlay Ultraの導入を進めていると報じられています。
これは、先進的でスマートなイメージを築くためのブランディング戦略の一環であり、若年層やAppleファンをターゲットにした明確なマーケティング方針と一致しています。
独自のIVI(車載インフォテインメント)システムと併用しながらも、Appleとの共存を図る柔軟性が韓国勢の強みといえます。
ポルシェのアプローチと技術統合の追求
ポルシェもまた、CarPlay Ultra対応のために継続的な技術開発を行っています。
高性能スポーツカーという位置づけからも、Appleの高性能・高信頼性イメージとの親和性は高く、エンジニアリングの精度やUI設計をAppleとすり合わせる作業が進行しているとされます。
完全統合には至っていませんが、「独自OSにCarPlay Ultraを部分的に組み込む」構想は現実味を帯びています。
CarPlay Ultraの今後と「搭載される車・されない車」の二極化
高級車専用機能になる懸念
CarPlay Ultraは現在、アストンマーティンやポルシェといった高級車ブランドでの導入が進んでいる一方、量販モデルへの普及は進んでいません。
このままでは、CarPlay Ultraが“高級車限定のラグジュアリー装備”として扱われ、一般ユーザーには無縁の機能になってしまう恐れがあります。
Appleにとってもこの流れは好ましくなく、導入コストの削減やパートナー条件の見直しが急務です。
Android AutoやGoogle車載OSとの競争激化
Appleに対抗する形で、GoogleもAndroid AutoやGoogle Automotive Services(GAS)を拡充しています。
すでにボルボやGMグループではGoogleベースの車載OSが導入されており、Appleが市場を独占することは困難な状況です。
特に北米市場ではAndroidユーザーも多く、iOS偏重のCarPlay Ultraは市場の一部にしか訴求しないという指摘もあります。
トヨタ・ホンダが選ぶ“非Apple”戦略の方向性
トヨタやホンダは、Apple CarPlay Ultraを採用せず、自社開発の車載OSや音声AIの強化に注力する姿勢を見せています。
たとえばトヨタは「Arene(アリーネ)」と呼ばれる独自OSの開発を進めており、ホンダはGoogle連携を視野に入れたIVIシステムの改良を続けています。
自社でUI/UXを設計し、ブランド体験と収益構造を自前で確保する戦略は、Apple依存からの脱却を意味します。
ユーザーはどこを見て選ぶべきか?
最終的に重要なのは、ユーザーが「どの操作性を好むか」「どのエコシステムに依存しているか」という視点です。
Apple製品に強く依存しているユーザーにはCarPlay Ultra対応車が魅力的ですが、そうでない場合はメーカー独自のUIでも十分な利便性を提供しています。
選択肢が多様化する中で、CarPlay Ultraの存在は「あると嬉しいが、なくても困らない」装備として認識される可能性もあります。
Reference:jalopnik.com
よくある質問(FAQ)
Q1. CarPlay Ultraと従来のCarPlayの違いは?
CarPlay Ultraは車両のメーター表示やエアコン操作、車両設定まで制御可能で、従来のミラーリング機能を超えた深い連携が特徴です。
Q2. トヨタやホンダは今後CarPlay Ultraに対応しますか?
2025年現在、トヨタやホンダは対応を見送っており、今後も独自の車載OSやGoogle連携に注力すると見られています。
Q3. CarPlay Ultraはどのスマートフォンに対応していますか?
iPhone 12以降の機種で、最新のiOSがインストールされていればCarPlay Ultraを利用できます。
Q4. どの自動車ブランドがCarPlay Ultraに対応していますか?
2025年時点で正式対応しているのはアストンマーティンが中心で、現代(Hyundai)やポルシェは対応に前向きとされています。
Q5. CarPlay Ultraの課題は何ですか?
iPhone本体の発熱やバッテリー消費、メーター表示の遅延、一部表示UIの統一性の欠如が課題とされています。
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