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もしBMWがレンジローバーを販売していたら?X5開発秘話とブランド戦略

もしBMWがレンジローバーを販売していたら?X5開発秘話とブランド戦略 BMW
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1990年代、BMWはまだSUVを持たないメーカーでした。

社内では「レンジローバーをBMWの正規ディーラーで販売すれば、北米のSUVブームに素早く対応できるのではないか」という構想が実際に議論されました。

さらにローバーグループの買収でランドローバーにアクセスできたことも後押しになります。

結果的にBMWは“借り物のSUV”ではなく、自社の走りの哲学を貫くオンロード志向の新型車X5を選びます。

本記事では、その「もしも」の計画の背景、X5開発の意思決定、そしてBMWがブランド価値を守りながらSUV市場を切り開いた戦略を、当時の具体的な動きとともに解説します。

  1. X5誕生の真相解説:北米SUVブームとローバー買収を背景に、X5採用の決断と理由を時系列でわかりやすく解説。
  2. SAVの狙いと価値:低速ギア非採用や電子制御など、SAVの設計思想と「走りの良さ」を具体例で理解できる。
  3. BMW×レンジローバー:販売統合構想やBMW製エンジン搭載の経緯を整理し、ブランド保持と差別化の要点を素早く把握。

1990年代のBMWと拡大するSUV市場

フォード エクスプローラー

北米で膨らむ需要と競合の動き

1990年代前半、北米ではSUVの人気が急拡大しました。

家族で使える積載性、全天候での安心感、高いアイポイントが生む視界の良さが支持され、フォード・エクスプローラーやジープ・グランドチェロキーが販売を牽引します。

高級車市場でも動きが出て、メルセデス・ベンツはMクラス、レクサスはRXの投入を準備。

プレミアム領域でも「セダンに代わる選択肢」としてSUVが選ばれる下地が整っていきました。

市場は一過性ではなく、新しいライフスタイルに応える実用品として成熟し始めていたのです。

BMWの当時のラインアップとブランドの葛藤

一方のBMWは、3シリーズや5シリーズを中心とするセダン、クーペ、ツーリング(ワゴン)が主力でした。

軽快で正確なハンドリングを核とする「駆けぬける歓び」の世界観からすると、背が高く重い車体のSUVはブランドらしさを損なう懸念がありました。

とはいえ、顧客のガレージにはBMWのセダンと並んで他社SUVが停まる現実がある。

もう一台の駐車スペースを競合に譲れば、生涯価値の高い顧客接点を失う。

BMWは「ブランド純度を守るか、需要の中心に踏み出すか」の二者択一に直面し、迅速な意思決定を迫られていました。

X5開発の始動と「SAV」という新しいカテゴリー

BMW 5シリーズ ツーリング E39

北米市場からの強い要請

BMW北米法人の社長ヴィック・ドゥーランは、ガレージに停まる顧客の愛車を観察し、BMWセダンの隣にフォード・エクスプローラーが並ぶ現実に危機感を覚えました。

彼は「ガレージを支配せよ」と訴え、SUVを投入しなければ競合に顧客を奪われると説得しました。

新任のプロダクトプランニング責任者リッチ・ブレーカスは「トラックではなく、オンロード性能を重視したSUVが必要だ」と主張し、従来のクロスカントリー型とは一線を画す方向性を示しました。

試作と新しい概念の誕生

BMWのエンジニアは5シリーズツーリングのシャシーを改造し、車高を上げた試作車を開発しました。

ランドローバー由来のヒルディセントコントロールを応用しつつ、重量を増やす副変速機は採用せず、電子制御で走破性を補いました。

こうして生まれたのが「スポーツ・アクティビティ・ビークル(SAV)」という新しいカテゴリーです。

SUVの外観を持ちながら、走りはBMWらしいセダンの延長線上にあるというコンセプトで、既存市場との差別化を明確にしました。

デザインと商品企画の革新

カリフォルニアのDesignworksで進められたデザインは、E39型5シリーズの要素を取り入れながらSUVプロポーションに落とし込みました。

後にミニやマクラーレンF1を手掛けたフランク・スティーブンソンがCピラーを独特の「ドッグレッグ」形状に仕上げ、BMW SUVのデザインアイコンとなります。

さらに積載性不足を懸念したドゥーランはリアオーバーハング延長を提案し、実用性とスタイルの両立が図られました。

開発体制全体が「従来のSUVを超えるBMW流の新ジャンルを築く」という方向へまとまり、X5プロジェクトは具体化していきました。

E53 X5の登場と世界的成功

BMW X5 E53

1999年デトロイトでの衝撃デビュー

1999年1月、BMWはデトロイトオートショーで初代X5を発表しました。

型式はE53。デビュー時のラインアップは4.4リッターV8(286馬力)と3.0リッター直列6気筒を搭載し、価格は3.0iが38,900ドル(約447万円)、4.4iが49,400ドル(約568万円)からと設定されました。

発表会ではランドローバーのテストコースで泥道を走破した直後にロードアトランタで高速走行を披露し、オンロードとオフロード双方での性能を実証しました。

販売実績と工場へのインパクト

生産は米国サウスカロライナ州スパータンバーグ工場に割り当てられ、既存のZ3に続く量産車として拠点の成長を支えました。

結果として2006年までに61万台以上が製造され、その半数以上が輸出されました。

X5は北米市場のみならず欧州やアジアでも支持され、BMWのグローバルSUV戦略を確立しました。

この成功によってスパータンバーグ工場はBMW最大の生産拠点に発展し、X3やX6など後続モデルの展開にもつながりました。

E53は単なる新車種ではなく、BMWをSUVメーカーへと変貌させる起点となったのです。

ブランド戦略への影響と「もしも」の世界

X5の成功がもたらした波及効果

X5の成功はBMWに大きな財務的余裕とブランド拡張の正当性をもたらしました。

その後X3、X6、X7へとSUVラインアップは広がり、電動化モデルiXやXMにまで発展しています。

スパータンバーグ工場は今や年間40万台以上を生産するBMW最大の拠点に成長し、アメリカ市場におけるBMWの存在感を高めました。

X5は単に1車種のヒットにとどまらず、企業戦略を支える柱になったのです。

もしレンジローバーを販売していたら

一方で「もしBMWがレンジローバーを自社ディーラーで販売していたら」という仮定を考えると、ブランドの未来は大きく異なっていたでしょう。

レンジローバーは確かに伝統あるSUVですが、当時のP38Aは設計の古さや品質課題が指摘されており、BMWのブランドイメージを高めるには不十分でした。

借り物のSUVを並べるだけでは、BMWは独自の価値を築けなかった可能性が高いのです。

自ら開発したX5を選んだ判断こそが、BMWを「SUVのリーダー」へ押し上げた決定的な要因といえます。

まとめ:BMWとレンジローバーの関係が示すブランド戦略

BMWは1990年代にレンジローバーを販売する構想を持ちながら、最終的には独自のX5を開発する道を選びました。

この判断がブランドの独立性を守り、SUV市場でのリーダーシップを確立しました。

もし借り物のSUVを売っていたら現在のBMW像は存在しなかったかもしれません。

X5誕生の物語は、ブランド戦略において「何を選び、何を選ばないか」がいかに重要かを示す好例といえるでしょう。

Reference:motor1.com

よくある質問(FAQ)

Q1.BMWがレンジローバーを販売する計画は本当にあったの?

はい。1990年代半ば、BMWはローバーグループ買収を背景に「BMW正規ディーラーでレンジローバーを扱う」構想を検討していました。最終的には自社開発のX5を選び、SUVではなくSAVという独自路線を確立しました。

Q2.なぜX5は「SUV」ではなく「SAV」と呼ばれるの?

BMWは「オンロード性能を最優先」する設計思想を採用し、重量増となる副変速機を避け、電子制御で走破性を補いました。従来のオフロード重視SUVと一線を画すため、スポーツ・アクティビティ・ビークル(SAV)という呼称を使いました。

Q3.初代X5(E53)の発売時価格とパワートレインは?

1999年北米デビュー時、3.0iが38,900ドル(目安:約447万円)、4.4iが49,400ドル(目安:約568万円)。搭載エンジンは3.0L直6と4.4L V8で、オンロードでの安定性と俊敏性が高評価でした。

Q4.レンジローバーにBMW製エンジンが載った時期はあるの?

あります。2代目レンジローバーP38A後期にはBMW製2.5L直6ディーゼル(M51)、3代目L322初期にはBMW製4.4L V8(M62)や3.0L直6ディーゼル(M57)が採用されました。BMWとランドローバーの技術的な接点です。

Q5.もしレンジローバー販売を選んでいたらブランドはどう変わった?

「借り物SUV」の印象が残り、BMWの独自価値が弱まった可能性があります。自社開発のX5を選んだことで、ブランドの純度を保ちながらSUV市場を牽引する立場を得ました。

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